Finite Dimensional Spin Glasses
スピングラスの相転移に関する厳密解への挑戦
スピングラスと呼ばれる不純物の混じった磁性体では,強磁性相互作用(スピンが揃う傾向を好む),反強磁性相互作用(反平行となる傾向を好む)同士の競合により,平衡状態に緩和するまでの時間が非常に長くなるスピングラス相と呼ばれる特有の状態が存在します.本来の物性研究の枠を超えて,情報処理の問題としての対象とも時にはなります.日常の暮らしに密接に関連した最適化問題を数理的にあらわした形としても知られているためです.目的地に最高の効率で到達するには?…ちょっと迷ってしまいますね.地図の前で経路選択を悩む人間の様子が,スピングラス内でスピンがガラスのように競合状態から中々抜け出せない様子を想起させます.
足がかりとなる数理模型自体はシンプルなのですがその解析は非常に困難であり,研究のほとんどが大胆な近似や数値計算,シミュレーションに頼るほかないという状況です.
特に現実の状況に近いスピングラスの様相を捉えるための理論的研究というのは非常に難しく,世界的にも極めて稀な取り組みになっているのが実情です.
スピングラス模型はまるでこの滝のように複雑な相図を持ちます.
そのような中で,私は双対変換と繰りこみ群という解析手法を組み合わせるという,極めて希有な試みにより,スピングラス模型の相図の一部を非常に正確に描く事に成功しました.
また平面シート上に用意された2次元のスピングラス模型の場合には,上記にあるようなスピングラス相の存在を否定できる事を同様の手法を用いる事で示す事に成功しました.
現在の目標としているのは,これまでの成果を基にして,より現実に想定される状況に近い3次元におけるスピングラス相についての正確な理論を完成させることです.
参考文献
M. Ohzeki, H. Nishimori and A. Nihat Berker, Phys. Rev. E 77 (2008) 061116.
M. Ohzeki, Doctor Thesis (Tokyo Institute of Technology).
M. Ohzeki, Phys. Rev. E 79, (2009) 021129.
M. Ohzeki, and H. Nishimori, J. Phys. A: Math. Theor. 42 (2009) 332001.
大関真之,スピングラス模型の臨界点と双対変換,物性研究 94 (4), 440-527.
Nonequilibrium Computation
流れを利用して計算する
非常に多くの要素が絡んだシステムが織りなす性質を評価するために、マルコフ連鎖モンテカルロ法と呼ばれる数値計算手法が採用されます.この手法は、統計力学に現れるGibbs-Boltzmann分布に従う確率分布を擬似的に生成することで達成されます.
しかしながらその分布を創りだすのにかかる緩和時間や、その分布から得られる多くのサンプルの間に存在する相関を断ち切るための相関時間のふたつの長大化が、解きたい問題によっては課題となることがあります.
その解消のために多くの計算手法が開発されました.
その解消法の中で、数理的な基礎に関連した興味深い方法が詳細釣り合いを破る、BBDBC(Break and Beyond Detailed Balance Condition)法です.
日本でその認識が広がったのは諏訪藤堂法でしょう.そしてひねり詳細釣り合い法などもその一種です.
我々はそれらの方法を横目に見ながらLangevinダイナミクスという最も基本的な確率運動方程式において、
詳細釣り合いを破り、緩和時間と相関時間を短くする方法を提案しました.
その方法は古典スピン系に現れる相転移に伴う臨界緩和による緩和時間の長大化をも解消するという非常に希有な性能を発揮します.
参考文献
A. Ichiki and M. Ohzeki: Phys. Rev. E 88, 020101(R) (2013)
M. Ohzeki and A. Ichiki: arXiv:cond-mat/1307.0434
M. Ohzeki and A. Ichiki: arXiv:cond-mat/1503.02356
Quantum Surface Codes
量子誤り訂正符号を統計力学で解析
トーラス符号量子情報は量子力学的な状態を情報の要素として扱い,重ね合わせの原理を利用する新しい情報の枠組みである.量子力学的な状態特有の周囲からの影響から情報を正しく保持し続けるために,誤り訂正符号という手法を構築する必要がある.
量子力学的な扱いのみで研究がなされるという先入観がありがちであるが,この分野は学際的な扱いが活発である.
量子情報を保持したデバイスの中の誤りを検出する事で,誤りの特徴パターンに関する知識を用いて,どのように誤り訂正を行うか.
こういった外部における操作的な部分は古典的な推定方法や情報処理の方法が有効である.
この特徴を生かして,いくつかの誤り訂正符号の理論的な訂正限界を計算する独自の手法を考案した.
最近では,誤り訂正を非常に高速に行い,かつ理論的性能限界に近い手法の開発に挑戦している.
参考文献
E. Dennis, A. Kitaev, A. Landahl, and J. Preskill, J. Math. Phys. 43 (2002) 4452.
M. Ohzeki, Phys. Rev. E, 80 (2009) 011141.
H. Bombin, R. S. Andrist, M. Ohzeki, H. G. Katzgraber and M. Angel Martin-Delgado, Phys. Rev. X 2, 021004 (2012).
D. Gottesman, Physics 5, 50 (2012).
M. Ohzeki, Phys. Rev. A 85, 060301(R) (2012).
Masayuki Ohzeki, and Keisuke Fujii, Phys. Rev. E 86, 051121 (2012)
K. Fujii, Y. Nakata, M. Ohzeki and M. Murao, Phys. Rev. Lett. 110, 120502 (2013)
報道
マイナビニュース(2012/06/15)
「量子コンピュータの実現に向け、量子情報誤り訂正技術を開発 - 京大など」
マイナビニュース(2013/03/15)
「阪大など、極限まで冷やさなくても量子計算が可能となる新理論を発表」
Optimization Problem
物理が世の中の最適化をする
山谷を超えるうまい方法 目的地に行き着くまでの最短経路を求めよ.最適化問題と呼ばれる問題群の一例である.
そのような効率を高めるような場面は現代社会では多く存在している.
そのため極めて汎用的で,しかも高速に,正確に,ある要求に応じた近似的な解を得られる手法を開発する事が要請される.
どのように選択原理を働かせるかで,近似解を導きだす手法の性能は変わってくるだろう.
仮想的に物理過程を導入する事で,確率的に解の候補を探索する2つの汎用的な手法が知られている.
ひとつは熱揺らぎによる状態遷移を利用したシミュレーテッドアニーリング.もうひとつは量子揺らぎを用いた量子アニーリングと呼ばれるものである.
後者は量子コンピュータの実用例のひとつとしても期待されている.
それぞれ非常にゆっくりと揺らぎを制御する事で確実に最適解に到達する事が知られている.
しかしながら出来るだけ早く最適解を見つけるために更なる工夫を必要とする.
問題を解くために非常に長い時間をかけなければならないような例も存在するのだ.
ゆっくりではない,”出来るだけ早い”操作で最適解を得る.
その大きな目標の達成に向けて,解決に向けての道を探索する日々である.
世界的にもユニークな方向性の研究で”出来るだけ早く”解決を目指している.
参考文献
S. Morita and H. Nishimori, J. Math. Phys. 49 (2008) 125210.
S. Suzuki and M. Okada, J. Phys. Soc. Jpn. 74 (2005) 1649.
M. Ohzeki, Phys. Rev. Lett. 105, (2010) 050401.
M. Ohzeki, and H. Nishimori, J Comp. and Theor. Nanoscience, 8. (2011) 963.
M. Ohzeki, and H. Nishimori, J. Phys. Soc. Jpn. 79 (2010) 084003.
H. Katsuda, and M. Ohzeki, J. Phys. Soc. Jpn. 80 (2011) 045003
M. Ohzeki, H. Katsuda, and H. Nishimori, J. Phys. Soc. Jpn. 80 (2011) 084002.
K. Hukushima, M. Ohzeki, and H, Nishimori, work in progress.
報道
科学新聞2010年9月17日号2面「スピングラスとジャルジンスキー等式ー厳密な関係式解明」